(No636) 京都一人旅3 ~源光庵その1~
2014年12月29日 (月) | 編集 |
What's up


加茂みたらし茶屋を出た後


やって来たのは室町初期に


創建された曹洞宗寺院の


源光庵


三千院と違い至ってシンプルな



▲石看板


見落としてしまいそうに


なりました


更に奥に入って



▲入口


をくぐると


丸い窓がつある珍しい



▲山門


が出てきました


この窓は禅の教えを


表しているんですって





ちなみに・・・


この写真は常に人の出入があって


半ば諦めていたら


一瞬誰もいなくなっので


その隙に撮れた会心一枚です





話を戻して・・・


掲げられた看板には源光庵ではなく



▲復古禅林(ふっこぜんりん)


と刻まれておりました


これは曹洞宗の開祖である


道元禅師の教えが当時


乱れていた事を嘆かれ





宗風を元の状態に戻そうと


卍山道白(まんざんどうはく)禅師が


宗統復古に邁進し


毎日奉行所へ通い詰め


江戸幕府に嘆願したそうです





その結果


宮家や徳川家から財法ともに


支援を受けられるようになり


ようやく元の姿に復古した事から


復古禅林と


呼ばれるようになったそうです





復古までにかかった年月は





年にもなるそうです


たった四文字の裏に


そんな壮絶なドラマが


繰り広げられていたのですね


その山門の手前にあった



▲鐘


小ぶりではありましたが


ようやくお寺って


感じがしてきました





境内に入ると



▲本堂


の周りには鮮やかな


紅葉に思わず目を奪われました








さすが紅葉名所と知られている


場所の一つなだけありますね








拝観料を支払って





しながら本堂の中に入ると


和室には江戸時代中期に


活躍された山口雪渓という画家の



▲水墨画の襖絵


がありました


その他の部屋には


世界遺産と記載された



▲屋久杉の屏風


なんかも置かれていましたよ


どの部屋もさほど大きくはないですが


どこも貴重な物が置かれておりました





本堂廊下の入口手前の柱には



▲説明書き


が貼られておりました


実は源光庵の天井は


伏見城の戦いで


徳川家康の家臣・鳥居元忠一派が


石田三成の軍勢と交戦した際


多くの人が斬殺され


流れた血痕が床に残されたそうです





所々に血で染まった足跡などの


痕跡が残る床板を


つの寺院に分けて供養のため


天井に納められたそうです


そのうちの一枚が源光庵にも奉納され


現在に至るそうですよ


そんな訳で源光庵の天井は



▲血天井


と呼ばれるようになったそうですが


何気なく上を見上げると



▲血の足跡


さすがの私も真上にあるとは思わず


度肝を抜かれました





こんなにもクッキリと


残っているものなのですね


続く・・・


今日の一言


『血天井 悲しい歴史 ここにあり


それぞれのバナーを
ポチっとクリック宜しくお願いします!(≧▽≦)o


人気ブログランキング にほんブログ村

★クリックするとランキングに反映される仕組みですm(_ _)m★
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
けっこ~こえ~ですね ヾ(゚∀゚*)ノ

でも残すって大切ですよね~。
記憶なんかすぐに風化しますからねぇ。

最近は画伯の破天荒ぶりが恋しいボクです。
またなんかやらかしてください。
期待しております (´-ω-)
2014/12/30(Tue) 11:56 | URL  | neojpskaz #-[ 編集]
neojpskazさんへ
私は医療関係者ではありますが
実務経験はしていないので
本当に血が苦手です(><)
白衣に付着した血もNGなので
かなり怖かったです・・・。
血天井以外に供養する方法は
無かったんですかね?(^^;

それより、画伯はネタじゃないです!
やらかした事はないですよヽ(`Д´#)ノ
2014/12/30(Tue) 22:05 | URL  | みなりな #sSHoJftA[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可