(No409) 川越大師 喜多院 その1
2014年04月13日 (日) | 編集 |
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ちょっと前の話しですが


桜繋がりで


もう一つ紹介したいと思います





第三都市で小江戸(こえど)の別名を持つ


川越は桜で有名なんだよ


そんな情報を友人から聞かされたので





って感じで毎度の事ながら


無計画で川越まで車で行って来ました


正確には


連れて行け





と、ダダをこね


友人が運転する車で向かいました


途中お腹が空いたので


川越では結構有名な



▲武蔵野うどん 真打


に寄って腹ごしらえして行きました





今回、私が注文したのはコチラ






▲カレー汁&肉汁のWつけ麺


昔ながらの田舎うどんなので


太くてコシがあって





お腹を満たした後向かった先は


江戸幕府の第代将軍家光が


誕生した場所としても知られる



▲川越大師 喜多院


ただですねぇ・・・


写真をご覧になると分かるかと思いますが


家を出発した時は天気が良かったのに


川越に着いた途端


雨こそ降らなかったものの曇ってしまい





そんな訳で寒さと戦いながらの


花見見物となってしまいました


気を取り直して・・・


まず重要文化財に指定されている



▲山門


寛永年、西暦年に


天海僧正により建立された喜多院では


現存する最古の建物なんですって





そんな最古な門の右手前には



▲天海大僧正の像


このお坊さん


喜多院世住職で


あの徳川家康に宗教政策の顧問役として


助言を行っていたんだそうです


それ以上に驚いたのが


江戸時代の平均寿命は


歳とか


言われていた時代にですよ





歳まで生きたそうです





一体どんな生活をしたら


そんな長生きになるんでしょうね


下手したら現代人の私達より長生きかも


そんなお坊さんのビックリ話に驚きつつ


門をくぐって境内に入ると



▲花見客


風がピューピュー吹いている寒さの中


意外にもたくさんの人達がいて


更に驚きました





もう川越に着いてから驚きっぱなし


他の花見客を横目に


参道を歩いて行くと右手には


寛永年、西暦年に


建立された



▲多宝塔


現在の場所に移されるまでに


修復や改造を行ったそうなのですが


今ある多宝塔は江戸時代初期の


特徴が表れているそうです


ただ残念な事に・・・


写真だと全体的に暗いですが


実際はもっと明るくて


風が吹く度に桜が舞って凄く


キレイだったんですよ





その多宝塔の近くにあった



▲水屋


双龍の口から水が出ていて


何だかカッコ良かったです





水屋で手を清めた後は


本堂の



▲慈恵堂


比叡山延暦寺第代座主の


慈恵大師良源(元三大師)を


祀っているらしく大師堂として


親しまれているんだそうですよ





そうそう


この慈恵堂ですが別名



▲潮音殿(ちょうおんでん)


と呼ばれているそうです


資料によると・・・


昔、広くて静かなお堂の中に入り


正座し、耳を澄ませていると


不思議なことにザザザー、ザザザーと


まるで潮の満ち引きのような音が


聞こえてきたそうです


これには人々も驚き


まるで潮の音のようだと言うようになり


「潮音殿」と呼ぶようになったそうです


ちょっと試してみたかったですが


お堂の中は撮影禁止でしたし





人も沢山いたので静かなお堂には


程遠かったので諦めました





潮は潮でも普段から





には揉まれていますよ


それなら体験済みなので





って、そういう事じゃないですよね


そんなくだらない事を考えつつ


後ろを振り向くと・・・


桜に囲まれた



▲多宝塔


これで天気が良かったら


最高の画になるのに惜しい





今日の一言


『喜多院の なごり桜 風に舞う


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 (No410) 川越大師 喜多院 その2
2014年04月14日 (月) | 編集 |
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本日は川越大師 喜多院 その1の続きです


喜多院の本堂の慈恵堂の隣にある



▲大黒天


小江戸川越七福神のつとして


祀られているそうです


そうそう


せっかくなので友人と


江戸幕府の第代将軍



▲徳川家光(参考資料)


誕生の間も見学してきましたので


紹介したいと思います


拝観受付に向かう途中にあった立派な



▲灯篭


修繕はしていると思いますが


当時のものでしょうか


そして現在


拝観の入り口に利用されている



▲庫裏の入り口


残念ながら中の撮影は全て





ですが、こちらの建物は


江戸城紅葉山の別殿を移築して


客殿、書院、庫裏に


当てられたんだそうです


どれも国指定重要文化財なのですが


あと撮影出来たのは


徳川家の家紋が入った


のれんが垂れ下がっている



▲庫裏


を別角度から撮影出来たのみ





仕方がないので


また資料画像を使って


紹介したいと思います


まず私達が向かったのは



▲庫裏の先にある客殿


という建物内に



▲徳川家光誕生の間(参考資料)


がありました


他の部屋と違い豪華絢爛でしたよ





それから・・・



▲天井(参考資料)


を見ると


彩色による枚の


花模様がありました


贅沢ですねぇ


この客殿から庭を見ると


徳川家光公がお手植えされた



▲枝垂れ桜(二代目)


が見えるのですが


既になごり桜だった為


とっても残念な景色に


桜が見頃の時期に行くと


こんな感じらしいです






▲三代将軍お手植桜(参考資料)


次回はもっと早い段階で


見に来ようと思いました


隣の書院には


大奥設立の立役者でもあり


徳川家光公の乳母でもあった



▲春日局(参考資料)


この春日局が使用していた部屋



▲春日局化粧の間(参考資料)


もありました


春日局と言えども


将軍の部屋と比べると質素ですね


余談ですが・・・


江戸城紅葉山(皇居)の別殿を


移築したものだそうですよ


この書院から見える



▲中庭


キレイに整えられていて





一通り中を拝観した後


本堂の慈恵堂内に入る為


庫裏と慈恵堂を繋ぐ



▲鴬張りの渡り廊下


を通るのですが


足がむちゃくちゃ冷たい





思わず早歩きになっちゃいました


そして本堂ですが・・・


色々探したのですが資料が見付からず


内部の紹介が出来ません


中央に慈恵大師、左右には不動明王が


お祀りされていて


とっても豪華な造りになっていたのですが


お見せ出来ずに残念です


チャンスがあったら自分の目で


是非とも確かめてみて下さいね





ところで・・・


渡り廊下から見えた大きな



▲槇(まき)


天海僧正お手植で


樹齢約年の


御神木なんだそうですよ





天台宗では神仏習合といい


神様と仏様を同じく


礼拝しているんだそうです


宗教って複雑ですね





今日の一言


『家光の 豪華絢爛 誕生の間


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 (No411) 川越大師 喜多院 その3
2014年04月15日 (火) | 編集 |
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本日は川越大師 喜多院 その2の続きです


本堂の慈恵堂や徳川家光の誕生の間など


拝観してまわった後


今度は桜を見ながら境内を


散歩する事にしました


本堂を背に左にぐるっと回って行くと


重要文化財と書かれた建物を発見








ちょっとした丘の上に建物があるのですが





世紀初頭の古墳を


利用しているんだそうです


ちなみに、この建物は



▲慈眼堂


徳川家光公の命により建てられた


慈眼大師天海を祀る


御堂なんだそうですよ


中を覗くと・・・



▲厨子(ずし)


が入っていました


厨子の扉が閉まっていたので


中が見れなかったのですが


資料によると・・・



▲天海僧正の木像(参考資料)


安置されているそうです


実際に見る事が出来ず





慈眼堂を後にし


道なりに歩を進めていくと


ちょうど慈恵堂の裏側辺りに



▲松平大和守家廟所


川越藩主であった


松平大和守家歴代藩主の墓がある


廟所(びょうしょ)がありました



▲5人の廟所


松平大和守家は、徳川家康の次男


「結城秀康」の五男「直基」を


藩祖とする御家門の家柄だそうです





また、明和年、西暦年から


慶応年、西暦年の


年の間に


人が川越藩主(城主)を


務めたそうです


この人うち川越で亡くなった


人の墓所がここだそうですよ





慈眼堂と松平大和守家廟所の間に



▲どろぼうばし


という変わった名前の橋がありました





町中で泥棒をはたらいた者が


どろぼうばしを渡り厄除元三大師に


心から罪を許してもらえるように祈り


すっかり改心して


善人になったそうです





その後町方の商家でまじめに働き


一生を過ごしたということから


それ以来、この橋を


『どろぼうばし』と


呼ぶようになったそうですよ


ところで・・・


喜多院何には五百羅漢や太子堂など


他にも見所が沢山あるのですが


屋台が邪魔で拝観出来ない箇所が


いくつかありました


その中でも見づらかったけど


何とか写真に収める事が出来たのが



▲鐘楼門


階建ての階上に


梵鐘を吊るしているそうなのですが


確認は出来ません


道路側の前面には



▲竜の彫刻


があり迫力満点です


道路には屋台が


並んではいなかったのですが


トラックが停まっていて全体写真が


撮れなかったので全体写真のみ


資料画像で紹介したいと思います






▲鐘楼門(参考資料)


鮮やかな朱塗りの門で


寛永年、西暦年に


建てられたそうですが


始めに紹介した山門とは


ほぼ同じ時期に完成しているのに


趣が全然違いますね


そして最後に・・・


もう一度だけ桜を楽しんで


川越を後にしました





余談ですが・・・


屋台が沢山出ていたので


何かしら食べたかったのですが


うどんがお腹に溜まっていて


お腹イッパイ過ぎて


何も食べれなかったです





そしてもう一つ


外国人数名がお花見に来ていたのですが


何故か全員片手にけん玉を持って


競い合っておりました


しかも全員上手い


けん玉って流行ってるの


今日の一言


『喜多院の 中に古墳が あるなんて


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